日本へ最初のお香の歴史(聖徳太子伝暦の詳細)

日本では、4月18日はお香の日とされています。

その理由は、香という文字を解体すると、十・八・日となることから18日という事と、

日本で初めて沈香が流れ着いたのが淡路島であり、これが4月だったからという理由です。

淡路島に最初に沈香が流れ着いた時の詳細は、「聖徳太子伝暦」に記載されています。

聖徳太子伝暦

推古天皇の3年、乙卯(きのとう)の春、土佐の国の南の海に夜大なる光あり。

また声あって雷(いかづち)の如し。

三十ケ日をへて、夏四月、淡路島の南の岸に着す。

島の人、沈水を知らず。薪にまじえて竈(かまど)に焼く。

太子、使いをつかわして、その木を献ぜしむ。大きさ一囲(ひといだき)、長さ八尺なり。その香気薫ずることはなはだし。

太子見て大いに喜び、奏して言う。「これ沈水香となすものなり。またの名を栴檀香木(せんだんこうぼく)という。

南天竺の南の海の岸に生ず。夏月諸蛇この木をめぐる。

木の性、冷なるが故なり。人、矢をもってこれを射る。冬月蛇かくる。すなわち折ってこれを取る。

その実鶏舌(けいぜつ)なり。その花は、丁香(ちょうこう)その脂は薫陸(くんろく)なり。水に沈んで久しきものを沈香(じんこう)となし、久しからざるものを桟香(せんこう)とする。

今、陛下釈教を興隆し、仏教を肇造(ちょうぞう)す。

故に釈梵(しゃくぼん)その徳を感じ、この木を漂着せしむ。

すなわち百済の工人に勅命(ちょくめい)して壇像を刻造し、高さ数尺の観音の菩薩を作り、吉野の比蘇寺に安置す。時々光を放つ。